ウソ日記

ない。ある。

王様

 大科学者のチェスタトン・ビーヴァーがある春の日に訪れたのは、とある小さな谷だった。そこでは王様が一人で火を起こしていた。
「客人にはこれを出すことになっている。」
 王様はブリキのコップに煮出したコーヒーを入れた。表面に油が浮いているのは、王様がさっき作って食べたポークビーンズのせいだ。こんなところに何をしに来たのだ?とは王様は尋ねない。それは高貴なる身分の者の余裕だ。
「前置きは抜きにして、本題に入りたい。カスタネット使いはどこにいる?」
 と、大科学者のチェスタトン・ビ−ヴァー教授は言った。彼は単刀直入に物を言うのが好きなのだ。その性格のおかげで多くの敵がいるが、同時に多くの友人がいる。目の前の王様はしかし彼に敵意も好意も表さない。王様は黙ってコーヒー滓を大地に返すだけだ。
「彼を探し出してどうしようと言うのだね?」
「訊ねたいことがある。」
「ほう。」
 チェスタトン・ビーヴァ−は1948年、イギリスのサウザンプトン行きの定期船の中で生まれた。予定よりも3週間も早い出産だった。大戦が終わって3年が過ぎようとしていた。リッキーとルースの間に生まれた初めての子供だった。
 彼の父リッキ−・ビ−ヴァーはイギリス陸軍第十七旅団の衛生兵として、戦争が終わる3日前にフランスにやってきた。ケルンの任地で半年を過ごしたあと、休暇で戻ってきたパリでルースと出合ったのだ。
「これだ。私の右手なのだがね。」
 王様は初めて感情らしきものを顔に表した。今までは気が付かなかったのだが、ビーヴァ−教授の右手はどう見ても宇宙より大きかったのだ。