ウソ日記

ない。ある。

海老

 デオデオデオデオ。海老がしゃべる音がする。私は、だまって、息も止めて、その音を聞く。十二時半の夜。冷蔵庫のドアをそっと開けて。

 黒っぽいからだの海老は東南アジアからやってきたのだろう。私のからだの色は黒ではない色で、でも最近手のひらがまだらに黄ばんでいる日もあって、喉が痛い。いくつか言い忘れていた。私が見たその海老はもう生きてはいない。だいいち頭がない。白い剥き身が、黒いからだの殻からのぞいて見える。12匹。忘れていた。アスパラガスが野菜室から笑う。

 アスパラといえば、未央ちゃんが好きだったアスパラガスを。緑野菜が好きな珍しいいい子だった。そうだ、未央ちゃんだ、未央ちゃんのことだ。海老が話しているのは未央ちゃんのことだ。未央ちゃんが危ないのだ。未央ちゃんが信じることはこれからの三年間の中でもっとも素晴らしいたわごとから危ないのだ。未央ちゃんは三歳だ。未央ちゃんがかわいくて仕方がない。誰だ。私が未央ちゃんのことを可愛くて仕方がないのを知ってるやつは誰だ。海老だ。海老が未央ちゃんを奪ったのだ。何で私から未央ちゃんを奪ったのだ。海老め。海老め。海老め。罵り言葉が口をついて出る。佃煮海苔のお母さんの絵が私をバカにするにっこり笑って。

 電話だ。電話をしよう。電話だ。誰に電話しよう。友達?恥ずかしい。両親?死ね。夫?誰それ。誰も知らない人がいい違う私のことを知らない人がいい誰だ誰だ誰だ。誰だ。電話をかけた。もしもし。

 もしもし?

 月・・・・、あの、月がきれいですよ・・・・。

 知らない人と話すのはわくわくさんだ。ドキドキさんだ。でも相手はそう思ってくれなかったようでがっかりした。え、といぶかしむ空気が耳にやってきて、私は切られる前に受話器を置いた。ジリンッ。未央ちゃんの声がした、「ママ泣かないで。」それは海老の声だ。