ウソ日記

ない。ある。

糸を引く音

 納豆を手にもって、そのまま両の掌をすり合わせてみよう。はぜるような豆の躍動、多糖類の懇願。お辞儀をしあった高々分子が接点に引きずられて空気を孕み、愉快で華奢な音楽を奏でる。あなたはもちろん初めてだろうから、十全にはその旋律を広げていくことはできないだろうけど、それでも結構ピンキーでポップなその音を楽しめたんじゃないのかな?

 納豆楽団、あるいはストロングビーンズ。納豆の奏でる音で生計を立てようと試みた人間はもちろん日本にもいた。だけれども彼らの出したメジャーアルバムは記録に残っている限りそれぞれ1枚のみ。とてもじゃないけど彼らをそれだけで養っていくことはできなかった。しかし、世界には、納豆の音楽で生計を立てている集団というのが存在する。例えばスラウェシのリグ族。彼らの若い男性は成人すると島々を渡り、各所で納豆を奏でてはその返礼として魚、芋、干したココヤシ、あるいはいくらかの現金を受け取るという生活をする。おおよそ10~20人の集団で一艘の船を使い、マストの根元には納豆菌のついた一握りの干し草、彼らはこれを歌の住み家と呼ぶ、女人禁制で彼らの妻子はその遍歴には帯同しない。