ウソ日記

ない。ある。

スープ三種

 春になって暖かくなったはずで、こういう時期にこういうことをいうのはもしかしたら四季の微妙な移り変わりを理解しえない現代人のやるせない性といえるのかもしれないけれど、スープでもシチューでも煮込みでも、呼び方はどうでもいい、そういうものが食べたい。辛くない方がいい。甘いのがいい。例えば白菜と大根とロングオニオンと油の乗った豚肉を合わせて煮込み、大豆発酵調味料で仕上げる。人はそれを豚汁と呼ぶか。
「では七味は入れんね?」
「入れません。」
「ニンニクは?」
「少しだけ。」
 胡麻油を入れるのもいいけれど、その場合はニンニクはナシだ。
「俺は全部入れるけどね。」

 なぜ僕はそんなにスープの話にこだわるのだろう。甘ったるいにおいをさせて母が帰ってくる。兄はさっさと自分の部屋に帰る。そんな記憶を思い出す。兄なんていないのに。コーン粉を練ってどろっとしたポタージュを作る。これは結構腹持ちが良い代物で、でも足が早いから作る量を加減しないと悲惨なことになる。市販のあのポタージュの味を期待されると困る。
「クリームだとか使やいいのに。」
「高いもの。」
「ふん?」
 あとはそう、そらまめを干し貝柱の湯(タン)でさっと煮立てて、塩で味を調えて。普通ですね。

 テレビの中では甲子園で野球をやっていて、いいねえ青春だねえとか言ってしまって、ついでに、そういえば本当に春だねえとか桜を見に行かなきゃならないねえとか、そういうこと、言ったりすることもある。そういう時はたいてい、僕はスープの中に残った具を、箸で何とかつまもうとしている。僕は箸を使うのが下手だし、スープの汁を飲むのは具を全部食べてからじゃないといやだ。