ウソ日記

ない。ある。

歯ブラシ駆動機

 歯ブラシの音を立てて、姉が帰って来ているのに気が付いた。手が無いのに器用に歯ブラシを宙に浮かして歩いている。針人形を使いなさいよ。と、母が生きていたならば言うところだ。だってこの方がバランスいいし。と、姉は答えるに決まっているのだが。
「雨が降ってた。」
「そりゃまた。」
 歯ブラシの頭が湿気で広がっていた。

 そうそう、今度うちの高校がサッカーの全国大会に出ることになったらしい。応援のバスが出る。部には友人、というかまあ、うん、友人もいることだし、僕も応援に行く。参加費は2500円。姉に歯ブラシを貸してくれと言う。
「あー、まあ、いいよ。汚さないで。」
「うん。」
 さすがにバスに乗るのは歯ブラシでないといけない。コンパスだとやっぱり危ない。僕の歯ブラシというのもあったんだけれど、少し前に失くしてしまった。
「そういやナオヤ君3年だっけ。出るの?」
 不意に聞かれた。
「一応ベンチには入れるって言ってた。」
「ふーん、すごいじゃん。」
 姉はもしかしたら気付いてないのかもしれないけれど、いやきっと気付いてるんだろうけど、姉と直哉が付き合っていたということを僕は知ってる。多分そのことを直哉は気付いてない。
 気流を感じる。姉が歯ブラシを浮かせる。もう寝るらしい。