ウソ日記

ない。ある。

アリゾナシップラップ

 シップラップ氏には二人の息子がいた。シップラップ氏の二人の息子はトマスとアレンといった。シップラップの緑の獣は肌から銀や金の粉を大気にばら撒く。
 五月のアリゾナ、オカフォーは、長ぐつウサギたちのレースでにぎわう。18世紀にイギリスから持ち込まれて以来、長ぐつウサギは北アメリカのそこいらじゅうに蔓延った。元々ハイランドの冷涼な荒野で細々と生き延びてきた彼らだったが、何故にか新大陸の環境にぴたりとフィットし、現地の対抗する動物層、プレーリードッグやジリスたち、を駆逐した。今ではアメリカ人の、・・・その由来を今でも覚えているネイティブ系を除くアメリカ人にとっての、動物界におけるアメリカの象徴として、ハクトウワシと共に愛されている。
 トマスとアレンは、二人でそのレースに行った。兄のトマスは、フレドリック・センドンの事務所で資料探しのアルバイトをしている。最近の仕事はもっぱらその長ぐつウサギに関してだ。1860年のアラバマ、ニューウォトカの移民の大量死と、長ぐつウサギのその地方への定着には何の関係もあるはずはないのだが、古い新聞や公文書に長ぐつウサギの影を追いつづける毎日を送っているとそんな妄想がいつのまにか頭から離れなくなってしまって困る、とトマスはアレンに話す。
 アレンは恋人のジュディオン・ルーカスと別れたばかりだった。ラムとグレナデンシロップの混合物が好きだったルーカスの声音が、彼にとって不快なものになって久しかった。アレンは彼女と共にウェストコーストのフィーリンベイに行ったことがある。アジアからの積み荷は、ここで鉄道に積み替えられ、砂漠と山脈を越えてサン・アントニオやヒューストンへ向かう。
 レースが始まった。青の地に黄色のSはシャクルトンの、また、赤に四分盾はロイハールズ、白に昇り龍はニシオオジの。シップラップの緑の獣にはたくさんの死者が憑いている。オリーブドラブの戦車が踏み固めた農地に行進してピクニックをするのは、きっとヨーロッパで買った白いパラソルのせいだ。明日があれば明日でいいのだけれど無いのだから今日しかしょうがない、とトマスは言うが、その髭の先がピクンと揺れていたのは、風だけのせいではけしてないのだろうとアレンは思うのだった。