ウソ日記

ない。ある。

鉢植え

 封筒に手紙を入れることを、5年ぶりにやった。その封筒は赤玉土と砂利と腐葉土をよい加減で混ぜた用土に埋める。夏には花が咲く。

「この花がクリスティッチの?」
 オドリーが訊ねた。私はそうだと答えた。クリスティッチの花は赤色で直径が3センチくらい、花弁は四枚でそれがその鉢に20ほども咲いている。株の背は低く葉は密生していて、そのかわいらしさがクリスティッチっぽいと思う。江ノ花の夏の強い日差しをさえぎるため、葦の簾をかけた軒下に置いている。クリスティッチはそれほど長くはしないけれどとてもきれいな黒髪の持ち主で、生きていれば今年で18になる。私の7つ下だ。
「箕郷さんの鉢だっけ、そっちのは。」
「そうね。」
「ふーん。こういうのシブいって言うんだよね。ボンサイみたい。」
「正確にはボンサイとはちょっと違うんだけどね。」
 ここにあるいくつもの鉢を管理するのは本当は箕郷さんの実の娘である京子の役割だった。だけど京子は、それはできないと言い放った。放送業界の最前線を走っている京子にとって当然の選択だったかもしれない。でも、当時私はそれを聞いて、軽い憤りを覚えたものだった。なら、私がやる、と言った。
 それぞれの人の手紙には、それぞれ違う花が咲く。感傷的な花もあるし、何年かに一度だけ咲くものもある。ときおり人が訪ねてくる。オドリーは私の知り合いだけど、ほとんどはあまり知らない人だ。たいてい、私が日本語を流暢に喋ることについて言及した後、「箕郷さんはいるか」と訊ね、箕郷さんの鉢があると聞くと驚いたような悲しいような顔をする。あのちっちゃな子? と言ってくれる人もいる。

 これから秋にかけての手入れが始まる。冬が過ぎようとして、春の風を感じたような錯覚を覚える季節に咲くのが、箕郷さんの花だ。