ウソ日記

ない。ある。

アイスクリーム

 ぽたぽたとコーンからこぼれる溶けたアイスクリームに、目をつけた一人の少女がいました。世界中の溶けて散逸したアイスクリームの総量は年間35万トン、これをもし独り占めすることが出来たなら。
「一生アイスクリームには困らないわ」
 少女は祖父の書斎にもぐりこみ、それを実現するための方法を探します。書斎には英語、ラテン語、ドイツ語、古アゼルバイジャン語、琉球語等々さまざまな言語の本が並び、手に取った本が何語で書いてあるのかを調べるのにまず半日ほど掛かってしまうこともあります。少女は黙々と調べ続けました。その過程で彼女は15の言語を日常的に読み書きする能力と、31の言語の基本的な文法と語彙を習得しました。そして8年の時が過ぎ、少女はついに散逸アイスクリーム回収機のプロトタイプを完成させました。原材料は空き缶と塩と大量の毛糸、6月12日に少女は試運転を行い、24時間で約0.3gの散逸アイスクリームの回収に成功しました。
「まだまだだわ」
 そしてさらに8年。少女はついに散逸アイスクリーム回収機の正式動作版を完成させました。原材料はトカマク山羊の血140リットルと黒蜥蜴粉末2400匹分、マグダラのマリアの髪の毛5000mとモーセの吐いた息1立方メートル、そしてミキサー車1台。24歳になった彼女は期待を込めて回収機を作動させました。しかし、回収量は24時間でわずか20g。計算よりもぜんぜん足りません。
「おかしいわ」
 彼女は今までに書いた全ての計算書を見直します。彼女の設計にはまったく間違いはありません。世界中の全ての溶けてこぼれるアイスクリームは、この機械によってその前に回収されるはずです。
「もしかして」
 彼女は街に出て、大学の図書館でハーゲンダッツ、ロッテ、サーティーワン等、主要アイスクリームコーポにかかわる最新の論文にアクセスします。そして、世界が彼女の知らないうちに変わってしまったことを知ったのでした。アイスクリームは、彼女が書斎にこもっていた16年の間に、溶けてこぼれなくなっていたのです。南米の密林で発見された新型の増粘多糖類が、アイスクリームを室温では溶けず、しかし舌で舐めたときには以前よりもさらに滑らかに溶けるように進化させたのです。
「完敗ね」
 彼女は図書館を出ます。初夏の青空のまぶしさに、彼女は目を細めます。