ウソ日記

ない。ある。

死者の代弁者

 死者の代弁を行う。私には彼の言いたかったことが分かる。だって彼は私だから。スープの定食を皆が頼んで、そんな時、彼はメニューの先頭から三番目付近の、微妙にマイナーで、さりとて珍奇すぎるともいえない感じの、そんな感じのものを頼む。雑多な豆と穀物のトマト風味スープ、みたいなやつ。彼は死者たちの国で、今でも同じようなスープを食べているに違いない。彼はなぜ死を選んだか。
「生きていてもつまらないから」
 きっと彼は言うだろう。あと、
「眠いから」
 おかしいな。眠いのならば死者たちの国で起きてスープを食べる道理もない。きっと寝ながらスープを流しこまれ、肺に入ってげほげほと咳き込むのだ。死者に肺があるかどうかは知らない。
「ここはよい所だよ」
 彼は死者たちの国についてそう語るはずだ。彼はひんやりしたものが好きだし、また、ちょっとした腐臭のある食べ物が好きだった。納豆とかチーズとか。死者たちの国に納豆やチーズがあるのかどうかは分からないが、そこはかとない腐敗臭は漂っているだろう。死者たちのぶらぶらゆれる腕、ふらふら宙をさまよう目。彼は眠りながら死者たちの群れに紛れ、群れの波に同調して群れと認識されるものになる。それは生きていてはできないことだ。そして「つまる」ことだ。だって生きているというのは、結局自分で考えなきゃいけないし、目も開けていなきゃならない。それは確かに絶望的なことだ。つまらないことだ。
 彼は、もう何もしゃべることはなく、私も、もう何も代弁することはない。死者たちの国の冷たい明かりが彼の体に降り積もり、私は、ひんやりした大気の底を、今日の夕飯の材料を右手に下げて、歩く。