ウソ日記

ない。ある。

缶フギイ

 半端に潰された空き缶が道に一面に敷き詰められていて、多分厚さは30cmくらい。その上を歩いていくとかしゃかしゃと音がでる。それにつられたかのように、そいつらが出てくる。するーっと缶の、あの涙の形の飲み口から。目のようなものは見当たらない。先が三つに別れた腕足が一対。どのような機構で支えているのか分からないけれど、空気中でしっかりと宙に浮かしている。内骨格があるような動きには見えないし、節足動物のような外骨格でもない。表明はやや灰色がかった白で、触れば軟らかそうだ。口と思われる裂け目が身体の上端に縦に開いていてそこから二つの主音と一つの副音からなるハーモニーを発する。一つの個体が発声するのは約一分間、その後一分半ほど休息した後また一分間の発声。これを繰り返す。各個体が少しづつずれながらあたかも輪唱のように、空間にハーモニーを飽和させていく。ふわふわと腕足を振りながら。僕も、かしゃり、かしゃりとそれに合わせたように缶を踏んで、ゆらゆらとした春の日をふわふわと歩いていく。