フレミングの右手
フレミングの右手には指が6本あったらしい。もっとも、その6本目の指は痕跡程度で、言われてよっぽど注意しないと分からないくらいのものだったというが。その6本目の指が指すのが、重力の方向だ。そのほかの三本の指に対し、すべて直角に交わっている。
もちろんgravityの重力ではない。instrumentalityの重力だ。
「あしたニオ
わたしニオ」
上記の出だしの文章があったとする。これを最初に目にしたとき、皆さんはどう考えるだろうか。
「わたしは・・・、ニオではない。」
とは考えまい。
「それでも、ニオというのは名前もしくはそれに準じたものであるとは判断しますよね?」
「その場合でもいくらかのむずがゆさは残るだろう?」
壁を触るといくらかざらつき、カルサイトの白い微粉末が手につく。貝殻の中では大規模な空調設備は必要がない。フレミングが残した物件のうちのひとつだ。彼の右手は死後遺体から切り取られ、長らくゲッチンゲンの理学研究所に安置されていたが、先の大戦での無差別爆撃により焼失したという。