ウソ日記

ない。ある。

焼肉劇場

「あのとき、一歩踏み出してりゃあな、と今でも思うよ。」
「そうかな?」
「……」
「例えもう一度人生をやり直したところで同じ選択をしてしまうのが僕等だし、もしも未来の記憶を持ったままで選択を迫られたなら、さらに哀しい方に道を進めがちなのさ。結局は恐怖からね。」
「……」
「そう、怖いんだよ。」
「…どうでもいいが俺の肉を食うな。」

 極上黒毛和牛カルビの最後の一枚は、あっさり関川の腹の中へ納まった。「?」、ととぼける関川の無邪気さの80%はツクりだということは長年の付き合いで分かっている。…とはいえ、20%が素なのが始末が悪い。隣の席では家族づれの客が、ソーセージにトウモロコシにトントロを、また反対隣ではカップルがカシスソーダにヤゲンナンコツを。俺らは肉、心行くまで肉、肉、肉。
「肉とはカルビのことだよ。」
「せめてホルモンもいれない?」
「あんなもん邪道だ。」
「じゃせめてマトン。」
 そこでマトンを持ってくる感性が割合好きだ。ただ単に、同郷者のシンパシーなのかもしれないが。