ウソ日記

ない。ある。

交差点の角、二階

 この暑い中、ギターだかシタールだか分からないけれど、歩道に座り込んで弾きつづけている人が居た。高い周波数のノイズで彩られた金属弦の音は、国道脇の車が通り過ぎていく騒音となぜか溶け合っていて、耳を疑った。

長門さんは海に行くわけなんだ?」
「そうなー、」
「橡は山に行くとか言ってたし、」
 事務所で溜まった書類を片付けている。机の上を幾らかきれいにする。長門さんが聞いてきた。
「和津海さんはどこか行くの?」
「・・・んー、まず溜まっていた洗濯物を何とかして、掃除をして、ああ、本も返さないと。・・・それから。」
「それから?」

 別にどこにも行かない、と答えた。逃げ水すら起きない。アスファルトから離れている空気でさえ、街の廃熱によって熱されてしまっているからだ。長野まゆみの本にでてくる飲み物は小粋なんだけれど、実際飲んでみたらきっとがっかりするんだろうな、と思った。ガラス玉のような口の中の感触を、いまいち冷たくなさそうに感じられるのはなんでなんだろうかと考えた。何か飲みたいと思った。お茶がいい。