ウソ日記

ない。ある。

ネズミ

 オゾンと洗浄用のシンナーが肺を焼く。

 ドレスデンの重工業地帯に住むカヤネズミである僕は今夜、内径28mmの排水パイプの中をくぐって敷地の外に出る。オリーブの錆び止めペンキが剥がれて、中の鉄鋼が腐っている。
 もうじき、取り壊されるのだ。ウーイグでは世界遺産に登録されている1890年代の鉄工所群も、ここではただの邪魔者だという。ああ、君は疑問に思っているかも。なんでカヤネズミの僕が人間の言語を使っているのかって。それはチェルシーが僕の代わりに、考え、ことばをここに書き留めてくれるからだ。あ、自己紹介をしなよ、チェル。
「あ、はじめまして、えーと、チェルシー・スタニウです。何か変な感じがする。自分の手で文字を綴ってるのは分かるんだけどさ、その内容全然知らないことだもの。これ本当にあなたがやらせてるの?」
 そうだよ。
「なんで?」
 いや・・・。人間とは確かに比べ物にならないんだけどさ、僕らネズミにだって物事を記録したいって欲求はあるんだよ。
「ふーん、そーなの。」
 冷淡だね・・・。ま、いいや。長い配管を抜け出たところにはえていたのはヒマワリで、秋になれば美味しい種をばら撒いてくれるんだけど、ああ、僕は秋という季節をまだ生きていないんだけれど、チェルの中にある概念を使わせてもらったんだ。工場という概念や、世界遺産なんてのもね。だから・・・、まあ、ここに綴られている言葉ってのはほとんどチェルの言葉なんだけど、そこに一抹でも僕を感じてくれると嬉しいね。無理? ダメか。
「ダメじゃないと、私は思うけど。んー、まあ、私はね。」
 ありがとう。