ウソ日記

ない。ある。

ガラテア

「帰ったよ。彼は。もうここにはいない。」
「それじゃ身投げのような物じゃないか。何で止めなかった。」
「止めたさ。私は。・・・言葉で。」

 ガラテアの民であるヘッド・チャンは、彼女が帰ってくると聞いて、いても立ってもいられなかったのだ。10億年の時を経て、彼女は空から、彼らの故郷であるブッカ・ブーの地へ帰ってくるのだという。太陽系中で、ガラテアの民の帰還が始まった。しかしその地は、今ではただの真空ですらない。

「真空の音色を聞いたことがあるかい?」

 ガラテア・リーは、ピアニストであり、また、真空音楽の始祖だった。彼女の譜面は今でもいくらか残っている。ガラテアの民とは、彼女の残した譜面を今でも弾き伝える者たちだ。だが、彼らの演奏のどれ一つとして、彼女のオリジナルレコード、「バンバ」の音を越える物はない。ブッカ・ブーの地は、今では重力井戸の底だ。こらえ性のない構造物はあまりの傾斜に耐え切れずに千切れてしまう。安普請の船の船体が真っ二つになり、ぽろぽろと家財がこぼれるのが見える。

 ガラテアその人に会えるのならば。

 真空が響いた。単純な二重音階が船の壁を揺らす。彼らのざわめく音が空間を満たす。歪みきったこの地でも、その旋律は幾重の世界線をかきわけて、意思を隅々までめぐらせている。

 地平面を抜けてさえ、それは聞こえた。